美少女フィギュア・ネコ・バイク・時々車

美少女フィギュアを中心に、ネコ、趣味であるバイク(時々車)に関するブログです。

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2011・GWツーリング(2/2)

新城市にあるキャンプ場をあとにし、今日は一路自宅を目指します。
ルートを検討しましたが、ここから関東へ出るには南アルプスに遮られ、大まかに二通りしかありません。
来た道を戻るか、海沿いの国道1号に出るか、です。
国道1号はほぼ真っすぐな退屈な道…余程疲れている時か、真っすぐ走るのに適しているハーレーじゃない限りは選びません。
と言うことは、来た道を戻るしかないのです。
(それでも少しはルートを変えましたが)

兵越峠

武田信玄がその昔、上洛の為に使ったルートである兵越峠を通ります。
由来はそのまま、武田の兵が峠越えをしたからです。
しかし、未だ国道がつながっていない厳しい峠。
南アルプスの険しい断崖が目前に広がっています。
この峠を人間が徒歩で、しかも鉄砲を始めとする重い荷物を持って越えたとは…にわかに信じられません。

バイクでもキツかった兵越峠を下り、一休みしよう思っていた所に出て来た木造の小学校あと。
教室や校舎はそのままの姿で保存してあります。

校舎

小学校2
☆引っ越しのサカイのCMロケ???(笑)

教室
☆自分が卒業した小学校もこんな感じだったので、懐かしいかったです。
東京都でわずかに残っていた木造の校舎でした。
それも東北新幹線開業の為に取り壊されてしまいましたが…。


写真
☆廊下にあった当時の写真の一部。       ↑今も昔も美少女が好き(笑)。

国道152号は快走路、、、自ずとペースは上がり、昼前には桜で有名な高遠城に到着しました。
桜の季節に来たことはありますが、人がいない閑散とした時期は初めてです。

高遠城
☆高遠城址からの眺め

城内の桜は美しく、今でこそ人々で賑わいますが…長篠の合戦から7年後の天正10年…ついに信長が5万の兵と共に押し寄せて来ました。
当時この城を守っていたのは信玄の5男、仁科盛信と言う武将。
降伏を勧める僧侶の耳を削ぎ落として織田方に突き返し、3千の兵と共に敢然に立ち向かったそうです。
しかし5万と3千では勝敗は明らか…3千人の兵はことごとく討ち死に、城主・盛信は腹をかっ切り、自らの手で腸を取り出し、壁にぶちまけ果てた、、、そうです。

何とも凄まじい話しです…。

実戦のあったお城と言うのは多かれ少なかれ、悲惨な話しがありますね。

ここからの帰路は国道20号で韮崎に出て、国道411号(青梅街道)を使うことにしました。

ついでに韮崎の新府城址を見学。
ここは過去に数回訪れたことがあります。
…武田氏最後の居城で戦火に曝されることはなく、勝頼自ら火を放ち消失しました。
追いつめられた勝頼一門は天目山の露と消え、名門武田氏は滅亡したと言う訳です。

新府城本丸

新府城
☆新府城址からの眺め

この場所は何度訪れても誰一人と居らず、まるで時間が止まっているかのようです。
本能寺の変があと数ヶ月早ければ、信長の死で九死に一生を得た上杉氏と同じように、武田氏も今日までお家が存続したかもしれませんね。

新府城址をあとにし、大菩薩ラインを通り奥多摩に出て帰宅の途につきました。

927km.jpg


今回の総走行距離は927km…一日平均300kmを走ったことになります。


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| 旅(ツーリング) | 14:23 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

木の机とか椅子とか

同じく小学校の1、2年生の時の教室は木造校舎であんな感じ 
暖房もストーブだったの思い出しました 
その後はコンクリートの校舎で暖房はアレです・・ド忘れして名前が出てこない(笑)

こういった場所に行った時はいつも息子に解説を頼むくらい歴史がダメ 
だけどここでこの場所でそういう出来事があったのだと思うと不思議な気分だし 感じるのはピッタリな言葉が思い浮かばないけど近いのはロマン?

アクシデントも無く?無事で おつかれさまでした(◕ฺ∀◕ฺ)
300キロって 母を訪ねて三千里もすぐ着く・・( ̄。 ̄)

| パフ | 2011/05/12 18:55 | URL | ≫ EDIT

パフさん

自分の卒業した小学校は当時でも珍しい木造の校舎で、ストーブも写真と同じようなコークスを燃やし暖をとるモノでした。

確か5年生の時にNHKが取材に来て、東京の古き良き小学校、、、見たいな企画で、校庭で馬跳びをしている自分の姿が一瞬テレビ画面に映ったのを家族で見た記憶があります(笑)。

それと写真の美少女のその後の人生がちょっと気になります。
彼女は幸せになったのでしょうか?(余計なお世話ですね)

史跡巡りは冷静になると、一体何がおもしろくてこんなことしているのだろう?と思うことがあります(笑)思うのですが…理屈ぬきに楽しいのです。

歴史的な事実がここであった、と言うことが大切で…実感を持って認識することが史跡巡りの醍醐味なのかもしれません。
それがロマンと言えるかどうかはわかりませんが…。

3千里(1万2千キロ)÷300=40日で到達。
結構かかりますね(笑)

| pink | 2011/05/12 22:20 | URL |

No title

今回も兵越峠の話など、とても面白かったのです。兵越峠の事を知らなかったので、その事などをネットであちこち見ていてコメントが遅くなって今いました。(笑)

引越のサカイCMロケ地、木沢小学校も良いですね。私も小学一年の時にこんな机と椅子でした。あ、でも2人がけでしたよ。真ん中辺に線が彫ってあったりしました。

それにしても仁科盛信の最後は凄まじいですね。ホントにホント、そう言う最後だったんでしょうかね?コワ。

| Coconut | 2011/05/15 12:49 | URL |

Coconutさん

兵越峠の話しに限らず、戦国時代は敵を欺く為にほとんどの武将が流言や風評を流したので、何が本当で何がウソのか…検証が難しいようです。
特に武田信玄は周到な準備で上洛作戦を遂行したので、真偽のほどがわからないことが多いみたいです。
この峠越えもどの武将がどのくらいの兵を引き連れていたのか、定かではありませんが、とにかく武田の兵が峠越えをしたことは確かのようです。

逆に仁科盛信の最後は古書に記されているので、間違いないと思われます。
当時の武士の精神構造は我々とはまったく違うので、想像を絶することも平気でできたりしたのでしょうね。



| pink | 2011/05/15 17:34 | URL |















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